残念なこと。
新人phとPA合わせて12名!古東スタッフ12名です。
毎年、双方の新人歓迎を兼ねて合同ハイキングを行っています。

今や、全国にある愛宕神社とくれば、徳川家康が信仰したため広がったわけですが、
「江戸の火の神さん」「天下取りの神」として東京の愛宕神社が、一番有名ですが、
もともとは、京都愛宕神社が総本山であることは、言うまでもありません。
江戸幕府のお達しから、現在は、東京、京都愛宕神社はどちらが起源ということなく
同格扱いです。
ちなみに、京都愛宕山は、明智光秀が
「本能寺の変」の前日に参詣したことで、有名であり、
京都では「阿多古」のお札を台所に貼るなど、3歳までに子供が参詣すれば、一生「火の厄」に見舞われないなど
「火伏せの神」として、信仰されています。
関西では落語でも有名です。
桂枝雀の演目にも「愛宕山」があり、瓦投げなどがでてきます。

前置きはさておき、木枯らしの吹いた翌日の朝は、11月3日にふさわしくない、
大変に、寒い朝となりました。
大丈夫かな?と思い、久しぶりに京都嵐山に到着しましたら、
はるか愛宕山には頂上辺りに
雪があるではありませんか!!しかも、ガスってるし。

どうなるのかな??と不安に思いつつも、私、京都市内、営業歴10数年!
兼ねてから、機会あらば、愛宕山と大文字山には登りたい、と考えていましたので、
かわいい新人PAさんらも、いっしょですしテンション高め!でした。

えっ?、そうなんです。
私、京都右京区開業医さん、国立宇多野、嵯峨、高雄病院など、担当したんですよ。
宇多天皇陵や嵯峨天皇陵、広沢の池を暇あらば、散歩、休憩の地とするなど、
高雄ゴルフセンターに勝る練習場はない!と今もカード会員であったりと歴史を刻んでおります。
なんとなく、真面目に仕事していなさそうな・・・

それも、さておき、勇壮な木立の山道を歴史を感じながら歩み、
へなちょこ登山部、
寒い日の登山は、したことないなぁと、反省しながら頂上を目指しました。
8合目くらいでしょうか、山から下りて来られる方が、ずぶ濡れです。
聞けば、
この先、頂上は雨だぞ!と。
しっかりと、覚悟を決めて、服装も固めなおしました。
子供も大変に多い、愛宕山登山ですが、あちこちで、条件の悪さから、泣き声が響き、
足はぬかるみ、雨に溶けた雪が上から落ちてきます。
体は凍え、あろうことか、軽装用のトレッキングシューズから、水が漏れてきました。
ようやくで、頂上に到着できましたが、
濡れずにお昼ごはんを食べるためでしょう3ヶ所ある、小屋は、先着の方らで満員です。
私たち3人は、みんなが入れる場所を探しましたところ、
社務所の奥で、参詣者に暖をとらせてもらえる場所に気付きました。
しかも、目立たないので、人数が少ない!
ありがたいことに、先にいらっしゃった方から、「こちらに来て暖まりなさい!」と。
心からありがたい、ここはまさしく、「火の神さんであるなぁ、火のありがたさが身に染みる」と
感じれました。
残りのメンバーも凍えて上がってくるので、こちらに誘導しました。
皆、火があって、暖を取れることに、顔もほころんだのも、つかの間、
信じられない罵声が飛んできました。
「ハイカーは出て行け!ここは、おまえらのくるところやない!」
「あいつらには、はっきり、言ってやらない、とわからんのや!あつかましい!」
火を起こされてる方の知り合いでしょうか!?
悪魔のような一言に心も凍えました。
神社に「鬼」が住んでいたとは。。。
院長に、相談しましたら、頼まれても、居たくない、とのことで、
外で、食事することに決めました。
その後、無事、下山しましたが、京都市内は雨や雪とは無縁の平和な秋の日で、
古東整形さんらは、嵐山で温泉へ、我々も大阪で歓迎会を済ましましたが、
納得のいかないまま帰りました。

翌日、京都愛宕神社 社務所に確認しましたが、
社務所横の焚き火は、神社の「おもてなし」の気持ちだとか。
頼んで、火を起こし、管理を頼んでるのだとか。
本殿に礼拝いただけるかたなら、一時的でも信仰していただける方なら、
初めてでも、大切な参詣者です
とのこと。
「ハイカーだから、出て行け。あつかましい!」というのは、趣旨と違う、と言われました。
結果的には後の祭ですが、大変残念な1日となりました。
みんなの心に悪い思い出として、残りませんように・・・

atago1